【亜鉛欠乏症の診断基準2016】のデジタル思考を批判する(1)

日付: 2018年4月20日

 

【はじめに】
ヒトの生体値はアナログ的存在であるが、医学界や医療界では、しばしばデジタル的に扱い、且つその思考もデジタル思考となり、医学医療の現場では大変な間違いを犯している。最近、日本臨床栄養学会から『亜鉛欠乏症の診断基準2016』との典型的なデジタル思考の診断基準が公表され、『低亜鉛血症』の治療薬?と称する “ノベルジン” の医療保険適応薬としての追加と共に、これらの異様なデジタル思考がインターネット上で浸潤、且つ拡散している。その浸潤傾向は社会では一般に間違いのないものとされる傾向のある辞書【Wikipedia】や【Weblio】にも及んでいる。大変に憂慮されるべきことである。

 

<このデジタル思考の間違い>は亜鉛欠乏症の診断、治療の現場で多くの誤診患者を創出する原因となり、保健医療上でも大きな問題である。
2017年、筆者の属する長野県小諸北佐久医師会の会誌 ‟噴煙” 57号に、その後、長野県医師会会誌 ‟長野県医報” にも転載された論文に加筆をして、 この“亜鉛欠乏症の第二HP‐トピックス” に転載して、日本臨床栄養学会の『亜鉛欠乏症の診断基準2016』のデジタル思考の批判資料としたい。

この件について関心を持たれた多くの方々のご意見を、是非、第一HP-掲示板にお寄せいただければ、有難いと思っています。

 

【原稿:デジタル思考を批判する】

『群の基準値は個の正常値ではない』
~何故?亜鉛欠乏症の知見の周知に時間が掛かったのか?~

2002年秋。筆者は『多くの医師が考えているよりも、遥かに多くの亜鉛欠乏症患者さんがいる』ことに気が付いて、2003年05月に、噴煙29号:「亜鉛欠乏症への警告」、同年11月、同30号:「再び微量元素、亜鉛について」、2004年11月、同第32号:「長野県北御牧村村民の血清亜鉛濃度の実態」の報告をしてきた。あれから10余年が過ぎた。
2002年以来、多彩な症状の亜鉛欠乏症の発見第1例から欠乏症疑い症例をエクセルにて登録・管理し、診断・治療・追跡をしてきた。その数は、2017年03月末までに、1000名を超えた。勿論、中には明らかに亜鉛欠乏症でなかった症例も含まれるが、この約15年間、単一の乃至は多彩な種々の症状・疾患を含め、再三再四欠乏症状を発症し追跡されてきた多数の症例もあり、亜鉛欠乏症についての多くの知見を得ることができた。

 

亜鉛欠乏症のことはまだまだ判らないことだらけであるが、臨床的に判ってきたことも多い。また、亜鉛トランスポーターの機能等など、分子生物学的な手法を駆使しての基礎的知見も増加して、たった一元素の欠乏で、何故これほど多彩な症状・疾患が発症するのかも明らかになりつつある。大部分の多彩な亜鉛欠乏症は特殊なものでなく、その殆んどが日常日頃の臨床の現場で経験している症状・疾患で、亜鉛補充療法にて、簡単で安全且つ安価に、比較的容易に軽快・治癒せしめ得る。この知見は、日常臨床の現場は勿論、住民の健康や保健にも重大な問題と考え、諸学会や全国を巡て、180回余の講演会や文筆活動、学会活動にその周知の努力をして来た。しかし、全国は勿論、当医師会の中でさえも、その知見が十分に周知されているとは言えず、まだまだ多くの悩み苦しんでいる多くの患者さんがいる。特に最近、いわゆる舌痛症の患者さんが佐久・上田地域は勿論、県下からも、しばしば受診される。診断と治療のポイント、特に、血清亜鉛値のことを多くの医師がキチッと理解していない様に思われる。

 

長野県では亜鉛補受療法の治療薬として亜鉛含有胃潰瘍薬プロマックが、2004年に、全国で最初に保険診療として使用を正式に認められており、血清亜鉛値は簡単に検査可能であるから、後は、適切な亜鉛欠乏症の知識さえあれば、長野県下のどこででも、簡単で安全且つ安価に、比較的容易に治療できる。わざわざ筆者の診療所を受診する必要性は全くない。いやいや、舌痛症に限らず、全ての亜鉛欠乏症はその知識と亜鉛欠乏症かと気づく感性が、医師にありさえすれば、全国どこででも多くの患者さんの苦悩を容易に解決することが可能である。
是非、是非詳細を亜鉛欠乏症のホームページや諸雑誌の特集、成書などをご参照いただきたいと思う。

 

多彩な亜鉛欠乏症の症状・疾患の中には、多くの医師の常識である味覚障害は勿論であるが、10余年前には、どの程度亜鉛不足が関与しているのか定かではなかった諸症状も、例えば【褥瘡】の様に、一部の例外を除いて殆どが亜鉛欠乏による皮膚の脆弱性が主要な要因であるもの、【舌痛症】や【味覚障害】の様に、多くの症例が亜鉛欠乏によるものの可能性が高いと徐々に認められつつあるものから、【食欲不振】、多くの【皮膚症状・皮膚疾患】や【元気どの低下】の様に、種々の他の原因でも発症し得る一般的な症状であるが、亜鉛不足が、実は多くの症例に関わっているもの、【ある種の疲労感】、更に【花粉症】などの様に、まだ症例が少なく原因は不明とされているが、その一部に間違いなく亜鉛不足の症例があるものや【いわゆるリュウマチ】などの痛みやその症状にも、亜鉛が関与しているらしいと報告されるもの等などと、その多彩さがより明らかになりつつあり、基礎的にもそれ等の裏付けが示されつつある。

 

そこで当然、亜鉛欠乏症の診断には【症状・疾患のみでは、亜鉛欠乏症と診断することは出来ない。】 一方、また【血清亜鉛値の絶対値のみでは、亜鉛欠乏症の診断は出来ない。】

 

10年余前は勿論のこと、最近でも時々『先生の言う亜鉛欠乏症らしい症例は確かに多い。しかし、私の所では亜鉛欠乏症は殆どいない。』?と言う様なことを、ごく親しい医師に耳打ちされることがある。その多くが臨床的にまじめな医師達であるから、血清亜鉛値をしっかり測定してのことである。確かに、筆者等も、亜鉛欠乏症に気が付いた初期の頃には、亜鉛欠乏症と言っても、アナログであるヒトの血清亜鉛値は、総て基準値の最低値以下と言わぬまでも、【最低値の近辺の低値である。】と “ウッカリ” 考えていた。そして、幸いと言うか?亜鉛欠乏症に気が付いた当時には、亜鉛欠乏症と診断したそれぞれの症例では、偶々、それ等の殆どの血清亜鉛値が65μg/dl以下であったので、当初は何の疑問も抱かずに診断をしていた。しかし、症例が増加するに従って、当然、同じ症状ではあるが、次第に65μg/dl以上のいわゆる基準値内の症例も存在すること、特に、基準値の高値域の症例も、更には、基準値の最高値110μg/dlを超える症例も出現することとなって、やっと、【群の基準値は個の正常値ではない。】と言う統計学的数値である基準値の意味をハッキリと理解することとなった。長年医療に携わって来たのに、大変にお恥ずかしい話である。しかし、日本では現在でも、基準値の意味をしっかり理解できている医師は、まだまだ、少ないのではないかと思う。国が主導している 『メタボ検診』 などはその典型で、国の施策で無意味な費用とエネルギーを費やし、大変に、お恥ずかしいことと思う。

 

その詳細は亜鉛欠乏症のホームページ(第一、第二)や成書、最近発刊されたものでは、週刊「日本医事新報」の特集「日常診療で診る亜鉛欠乏症」の “症状から診る多彩な亜鉛欠乏症の診断と治療~味覚障害、食欲不振、舌痛症および褥瘡はじめ多彩な皮膚症状・疾患を中心に” 等をご参照いただきたいと思う。本稿では、以下の図を提示して、検討に供したい。

【図】

曲線(A)は1980年代初頭に(株)SRLが原子吸光法で血清亜鉛値を測定し始めた時、いわゆる健康成人167名より、基準値として制定した65~110μg/dlより推定される健康成人の血清亜鉛値の正規分布曲線87.5μg/dl±11.2で、この曲線を一応、非亜鉛欠乏の健康成人の曲線と見なす。曲線(B)は2002年から約 5年半の亜鉛欠乏症疑い登録患者数が約500名となった時点での亜鉛欠乏症確診症例で、且つデータの揃った257例の初診時血清亜鉛濃度の分布図のヒストグラムから得られた62.3μg/dl±13.1の亜鉛欠乏症患者の血清亜鉛値の正規分布曲線で、その群のいわゆる基準値は約36~89μg/dlとなる。この両曲線より、健康成人と亜鉛欠乏症患者のそれぞれの群の血清亜鉛値は大きく混じり合っていることが判る。なお、(A)曲線と(B)曲線の平均値の差は約25μg/dlで、それぞれ個々の適切な血清亜鉛値から 平均値でおよそ25μg/dlほど血清亜鉛値が低下する状態で、亜鉛欠乏症の症状が顕在化すると言って、良い様である。

 

多くの亜鉛欠乏症症例を亜鉛補充療法で治療すると、大部分の亜鉛欠乏症症例では、初期に亜鉛欠乏症に特有な血清亜鉛値や検査値の推移、変動がある(他論文で示す)。その後、血清亜鉛値は、個々の症例に応じて、欠乏時血清亜鉛値から徐々に上昇傾向を示して飽和状態のやや平衡状態に達する。個々の症例では、個々に違いがあるが、凡そ、欠乏時と飽和時では25μg/dl前後からそれ以上の上昇を示す症例が多く、また、舌痛症のように再三再四、再発を繰り返すような症例ではほぼ同様の血清亜鉛値の上昇変化を示すので【個々には多少の違いがあっても、個々の適正状態から、血清亜鉛値が平均値で約25μg/dl程度低下する状態で欠乏症状が顕在化する。】と言ってよい様である。

(例えば、健康状態で、80μg/dlの人は55μg/dl前後で当然のこと、120μg/dlの人は95μg/dl前後で立派な亜鉛欠乏症になり得るのである。当然、健康成人の群のいわゆる基準値65~110μg/dlは個の正常値ではなく、多くの亜鉛欠乏状態を示すこと言葉を新たにすることはないであろう。)

 

以上、【症状・疾患のみでは、亜鉛欠乏症と診断することは出来ない。】また【血清亜鉛値の絶対値のみでは、亜鉛欠乏症の診断は出来ない。】しかし、両者を合わせると、亜鉛欠乏症の可能性がかなり推定され、【亜鉛補充療法の施行と諸症状の変化と血清亜鉛値などの検査データの推移、変化を合わせて総合的に診断、治療を検討する。】ことにより、正しい亜鉛欠乏症の診断、治療が可能で、且つ予防も可能である。。

なお何故、【亜鉛不足が生ずるのか?】食物に関する農畜産業や食品添加物などのこと大きいが、難治例に、薬剤、特に、多剤服用による医原病の可能性が高いこと注意して置きたい。