亜鉛欠乏症の診断・診療指針2018(案):追加論文②

日付: 2018年9月9日

 

『亜鉛補充療法初期時の典型的血清亜鉛値等の変動について』

 

~診断の確率を高めるためには亜鉛補充療法初期の血清亜鉛値の変動に注意する~

 

<はじめに>
~有症状症例の血清亜鉛値測定では亜鉛欠乏症である確率を推測できるだけである~

 
亜鉛欠乏症の診断は症状のみでも、血清亜鉛値の絶対値のみでも診断できないことは、現時点で、どなたも異論のないところである。【Ⅰ】【Ⅱ】【Ⅲ】と診断の手順を踏んで、多彩な欠乏症状の合併や既往歴、発症の状況・その経過を含めた臨床症状及び血清亜鉛値等の測定を合わせて、亜鉛欠乏症である確率の高さをおよそ推測することは可能である。
当然、血清亜鉛値の絶対値が低値であればあるほど、その確率がより高くなるであろうことは、異論のないことであるが、亜鉛欠乏症の診断・診療指針2018(案):追加論文①や本論文【Ⅲ】の図に示すごとくである。健常者群と比較して、亜鉛欠乏症者群はそれぞれ個々では異なろうが、平均値で約25μg/dlほど低値に分布している。アナログである生体値・血清亜鉛値を、ウッカリとデジタル思考で単純に処理した論文が世のデジタル思考傾向の風潮に乗り、学問的評価・批判を受けることもなく、浸透しつつあること、亜鉛欠乏症の臨床と正しい亜鉛生物学の進歩・発展のために、大変に悲しむべきことである。
 

【亜鉛欠乏症の診断・診療指針2018(案)】
【Ⅰ】多彩な症状・疾患、及びそれ等の既往・経過等から、亜鉛欠乏症の存在を疑う。
【Ⅱ】初診時の血清亜鉛濃度等の測定を行う。
【Ⅲ】初診時の血清亜鉛値より、もし本症例が亜鉛欠乏症であるとすれば、
もし非亜鉛欠乏症であるとすれば、それぞれ、その確率がどの程度かを推定する。

 
図 健常者(非亜鉛欠乏症者)群と亜鉛欠乏症者群の正規分布曲線

 
1)健常者(非亜鉛欠乏症者)群の基準値は、およそ65~110μg/dl である。
   亜鉛欠乏症者群の基準値は、およそ36~89μg/dl である。
 2)仮に、血清亜鉛値80μg/dl をカットオフ値とすれば、計算上それぞれ、
   亜鉛欠乏症者群の約1割(約9%)が80μg/dl 以上に存在することとなり、
   健常者(非亜鉛欠乏症)群の約1/4(約25%)が80μg/dl 以下に存在する。

 
【Ⅳ】亜鉛欠乏症の可能性が高ければ、標準の亜鉛補充療法の試行を開始する。
【Ⅴ】亜鉛補充療法による臨床症状の変化(初期~長期の)、及び血清亜鉛値等の変動・
推移(特に、初期の)を詳細に追跡し、総合的に診断・診療をする。

 

『亜鉛補充療法初期時の典型的血清亜鉛値等の変動について』

亜鉛補充療法の効果の発現は、多彩な欠乏症状や欠乏疾患があるので、それぞれの欠乏症状・欠乏疾患によって、極ごく短期のものから数か月から年余の長期を要するものまである。例えば、多くの亜鉛欠乏による食欲不振では1~2週の極短期に効果が出現・回復する傾向があり、中には補充療法翌日にも効果が出現する劇的なこともある。一方舌痛症や味覚障害での効果の発現・改善はそれ相応の時間を要し、褥瘡等の皮膚疾患・皮膚状態もそれぞれによるので、特に効果の発現・治癒に長期を要する症例では、また、多剤服用症例の様に問題薬剤の除去や投与時の変更を要する様な複雑な症例では、自信をもって、長期の治療を継続することは、可なりの経験がないと難しい。亜鉛欠乏症の多彩な欠乏症状を含めて、筆者のこれまでの論文や改めての追加論文等を参照いただきたいと思う。

 
ただ、亜鉛欠乏症においては、【亜鉛補充療法初期時に典型的な血清亜鉛値等の変動がある。】ので、その変動を捉えることが大切である。この初期の変動は、筆者の経験では、多剤服用症例等の亜鉛とのキレート作成による吸収障害等々の余程特殊な症例を除いて、殆んどの亜鉛欠乏症例にみられるものであり、より高い確率で欠乏症と確診できるので、効果の発現の遅い症状・疾患でも、この変動を確認し、確信を持って治療を継続できる。

 
図 血清亜鉛値の推移とAl~P値の変動 シェーマ

 
【血清亜鉛値の変動】
下段の図のごとく、①初診時の血清亜鉛値は、個々では非亜鉛欠乏症時よりも、当然低値である。亜鉛補充療法を開始後、②約一か月前後で、血清亜鉛値は比較的大きな上昇を示す。その後、③補充療法開始の約2か月前後で、血清亜鉛値は初診時血清亜鉛値付近に低下して、④3か月以後は徐々に、徐々に上昇し、症例により違いはあるが、それぞれ一定の平衡状態に達する傾向がある。(勿論その間にある程度の短期的長期的‟揺らぎ”や急性ストレス時等の変動は認めるが、その後の長期の維持療法では、血清亜鉛値はやや最高時より低下した平衡状態に至るようである。)何れにしても、亜鉛欠乏症の診断には最低限、先ず、この①②③の三ポイントの時期の血清亜鉛値の計測をすることを勧める。

 
なお、亜鉛欠乏症の補充療法初期のこの変動について、当初は、筆者が発見したものと思っていたが、既に1999年にはこの事実が報告されていた。(上瀬英彦:在宅高齢患者における血清亜鉛値の検討. 日本臨床内科医会会誌. 14(1):21-25,1999 )
また、臨床研究における医療保険上の制約で、補充療法開始後各一ヶ月ごとの血清亜鉛値の変動を示したが、現実には日々連続の変動があるはずで、これは本来製薬会社や研究機関が薬剤の市販前に、吸収、蓄積のデータとして、示すべきもので、別に論ずる。

 
【Al-P値の変動】
Al-Pは確かに亜鉛酵素で、その活性値は、亜鉛欠乏例では大まかには個々の症例で、非亜鉛欠乏時に比して、低活性値であることは事実の様である。1961年のPrasadの論文でも、そのことは触れられている。しかし、Al-Pの活性値もそれぞれの個々人の状態により至適な値があり、その短期・長期の揺らぎがある。当然、骨や肝疾患等々によっても変動するから、その絶対値で亜鉛欠乏の診断・状態を示すことは出来ない。ただ亜鉛補充療法で、それぞれ上段の様なパターンの変動を示す様である。主に、褥瘡等の様に敏感に変動する症例もあるが、殆ど活性値の変動を示さない症例も多く、それぞれの症状・疾患による様でもある。筆者はまだ多くの亜鉛欠乏症例で一定した法則性を見出せていないので、本指針では触れないこととするが、アイソザイムなど、さらなるデータを含めて、研究をお願いしたいものである。