血清亜鉛と基準値 第18回日本亜鉛栄養治療研究会 ポスターセッション:P18

日付: 2019年6月28日

はじめに

昨年 2018年7月、(株)SRLをはじめ日本の多くの臨床検査所で、血清亜鉛値の旧基準値 65~110㎍/dlから新基準値 80~130㎍/dlに、突然に、変更された。旧基準値は1977年、(株)SRLが、日本初の血清亜鉛濃度測定を開始した時に、同社の職員167名の血清亜鉛濃度測定から、統計学的に制定したものである。約40年余、通用した数値の変更理由は述べられることもなく、ただ、日本臨床栄養学会の「亜鉛欠乏症の診療指針2016」の論文からの<文献値>であると言う。

 

自社で制定し、血清亜鉛の主要な基準の値として40年余も通用してきた【基準値】。何故今、突然変更したのか?何が問題であったのか?何よりも、先ず【基準値】として、正しいのか?!検証する必要がある。

 

2019年2月の第18回日本亜鉛栄養治療研究会  ポスターセッション で検討した。不自然な基準値の変更問題を切り口に、血清亜鉛と基準値を中心に纏めてみた。

 

()SRLの新基準値は基準値としては、論外である。

「大部分が健常者」との臨床判断値としても、問題である。

注:本論文では、(ISO)15189に沿ったいわゆる健常者の基準値を、便宜上、基準値と表示する。

 

昨年、2018年7月、突然、(株)SRLはじめ多くの臨床検査所で、血清亜鉛の基準値が80~130㎍/dlに変更された。検査法はこれまでの原子吸光分析法から自動化試薬の比色法に変更され、新基準値は文献値で、「亜鉛欠乏症の診療指針2016ー日本臨床栄養学会」によるものと記載されている。なお、新法(Y)と現法(X)の比較では、Y=1.076X-1.297で、検査数値は新法、現法でほぼ同じである。

 

現法は(株)SRLが1977年に、原子吸光分析法・日立製作所 Z-6100による血清亜鉛値の測定検査を開始した時の健常成人167名の血清亜鉛値より統計学的に制定した【基準値】 65~110㎍/dlである。
当時の【基準値】制定時の論文は取得できなかったが、凡そ 87.5±11.2㎍/dl の正規分布曲線により統計学的に算出したもので、現在のISO15189の定義に沿った【基準値】と考えられる。
当時から2018年まで、約40年間も通用・定着して来たものである。

 

新法の新基準値(?)は、(株)SRLによると、児玉浩子、他:日本臨床栄養学会誌 2016;38(2):104-48. (亜鉛欠乏症の診療指針2018 ; 編集:一般社団法人 日本臨床栄養学会)の論文より【文献値】として引用した 80~130㎍/dlである。引用の日本臨床栄養学会 ミネラル栄養部会論文につき、その論文の引用源等は後に詳細に検証して、その根拠の歴史的な経過も含めて述べることとする。

 

2018年に、40年余も通用・定着してきた血清亜鉛の【基準値】が、どの様な不都合な問題があり、どの様な必要性があって、その学問的正しさも不明確な<文献値>が採用され、新基準値に変更されたのか?
近年、進められている臨床検査値のISO15189の定義に基づく【基準値】の普及の努力にもわざわざ抗して、この様な新基準値が突然に提唱され、現実の臨床医療の場で説明もなく、無批判に広がるのか?
本当にこれで良いのか?第18回日本亜鉛栄養治療研究会でのポスター・セッションに発表した演題に加筆し、検討することとした。

 

近年、多数で、多彩な亜鉛欠乏症の存在が次第に認知されるようになったことは、有り難いことである。
確かに、学会等で、『体内でたった2~3gr含まれるという微量元素亜鉛の不足など起こる筈がない。』とか、『たった一元素の欠乏でそんな多彩な欠乏症状が発症する筈がない。』『そんな馬鹿なことある筈がない』と、陰で、論文をポンと投げられ、拒絶反応をさえも示されることは流石になくなったが、生命に必須な元素で、殆んど総ての臨床・保健医療に関わる問題であるが、まだ、その重要性が医師の二割にも周知されていない。
そのような時、亜鉛欠乏症の理解と臨床診断・診療と亜鉛生物学の発展に重要な関係のある血清亜鉛値とその考え方の基本中の基本である【基準値】のこの間違った情報は、大変に困ったことと筆者は考える。

 

 

 

臨床検査値は生物学的基準()範囲=基準値臨床判断値とに、明確に区別される方向にある。その様な時代に反して、本来の基準値を破棄して、何故?根拠も定かでない、しかも学術的には10年余も昔の一学説であった<文献値>を採用したのか?

 

日本の医療界では生体値である臨床検査値につき、はじめの頃正常値と表示していたと記憶している。

その後、この正常値の表示を基準値と改めたが、データを提示する検査室や検査所等が、その当時、この基準値を(ISO)15189の用語定義24 生物学的基準(値)範囲の【基準値】と臨床での病的状態を判断する臨床判断の “凡そ” の基準の値の【臨床判断値】とに、明確に区別して、データを受ける臨床(医師)側等に提示していたかは、現在は不明である。そこで、臨床の現場では現在も生体値である臨床検査値について、正常値、基準値、臨床判断値等々と、その内容の意味に混乱が存在している。

 

亜鉛欠乏症についても、(株)SRLをはじめとし本来の【基準値】を破棄、日本臨床栄養学会の論文から勝手に文献値として、80~130㎍/dl を新基準値に採用し、時代に逆行して、混乱を巻き起こしている。

 

臨床の現場でのその様な混乱に、多くの大学病院や主要な病院の検査部が遅まきながら明記している。参考例として、【東大病院検査部の注意書き】の一部をコピ・ぺしておく。

ここに掲載された血液を中心とする臨床検査の参考基準値は東京大学医学部附属病院検査部でのもので,成人を対象としています.広義の基準値には,基準範囲(健常者の測定値の分布幅)と臨床判断値(臨床的に診断,治療,予後の判断を下す閾値)があります。

 

(株)SRLの変更後の新基準値 80~130㎍/dl は 文献値とのことであるが、当然、【基準値】ではない。また、後述するが、健常値範囲でもない。

旧基準値の65~110㎍/dlは、(株)SRLが1977年、日本で初めて血清亜鉛濃度の測定を原子吸光分析法で開始した時、自社の健常な職員群の測定データから統計的に制定した血清亜鉛の【基準値】である。その後、40年余にもわたり、日本の主要な血清亜鉛の【基準値】として通用してきたものでもある。旧基準値にどんな問題があり、何故変更したのか?定かでない。しかも、変更した新基準値は、出典が統計的にも、科学的にも定かでない、単なる<文献値>である。

 

(株)SRLは、もしこれまで通用してきた自社制定の【基準値】に問題があったとするならば、社会に対して、明確な、納得しうる説明をする義務と責任があるものと筆者は考えるが、如何なものであろうか?

社会に対しての明確な説明はおろか、昨年からの筆者等のインターネット上での疑問に答えようとの姿勢も感じられないのは、互いに自然科学に基づく医学・医療に携わる学徒として、大変に不可解なことである。

 

『荒川 泰昭先生も 日本人における血清亜鉛の基準値設定に関する問題点 (Biomed Res Trace Elements 23(3):217-220,2012)で、基準値を変更する場合の問題点で、1)日本衛生検査所等を通じて基準値を変更する場合、全国すべての取引先医療機関に対して、変更理由を明らかにした上での変更内容の説明責任が生じる。この点を確実に行わないと過去のデータとの違いが生じ、臨床の現場の混乱を招きかねない。』とまるで、現在を見越した様な記述をされている。

 

『()SRLの旧基準値はどの様な問題のあった数値なのか?新基準値はどの様な意味のある数値なのか?何故、20187月に、急に変更する必要が生じたのか?検証を進め、返答を求めたい。
もし、インターネットの場が適切でないとするならば、日本臨床栄養学会は勿論、最低でも日本臨床検査医学会、日本医学検査学会、日本臨床検査化学会や日本臨床検査技師会、日本衛生検査所協会等々の学会や医療関連団体でのシンポジウムや検証を求めたいものと筆者は考える。また、筆者は求められれば、どの学会であろうとシンポジウム等に応ずる用意があることを申し添える。

 

 

住民の血清亜鉛濃度の疫学調査データとの比較

確かに地域住民の血清亜鉛濃度は、小中学児童生徒の群を除き基準値の低値域に分布しており、地域住民に亜鉛不足の傾向を推測させるが、凡そ基準値内に分布している。

しかし、新基準値は明らかに、より高値に設定され、実測値の実態から、当然外れることとなる。何の基準値なのであろうか?

 

なお、成人の分布が基準値の低値域に分布の傾向にあり、加齢とともに右肩下がりであることは、亜鉛欠乏症の存在を示すと考えるが、小中学児童生徒が凡そ基準値内に分布することは、さらなる調査・検討が必要である。

 

図は KITAMIMAKI Study の一部である。

<参考文献>

1)亜鉛欠乏症に関する研究会報告書:第二章 KITAMIAKI Study P14-22

2)www.ryu-kurasawa.com/wp-content/uploads/2016/01/ZnDeficiency2.pdf

(長野県 旧北御牧村 地域住民1431名の血清亜鉛濃度の疫学調査より)

3)長野県北御牧村村民の血清亜鉛濃度の実態 BRTE 16(1):60-64,2005

 

血清亜鉛濃度調査から見た血清亜鉛値

2003年の地域住民1431名の血清亜鉛濃度調査より、午前採血分の分布図である。

調査は(株)SRLの原子吸光分析法による。午前9時より午後3時にかけて顕著な日内変動があるので、住民に亜鉛不足の傾向が存する可能性を証明するため、午後の採血分を除いた午前採血の群の図である。小中学児童生徒347名、成人518名の分布図である。比較とし、(株)SRLの(旧)基準値の最高値110㎍/dl と最低値65㎍/dl  を上下の赤の線で示した。

 

小中学児童生徒の群はほぼ【基準値】内に分布しているが、成人の群は基準値の低値域に分布する傾向にあり、また回帰曲線も右肩下がり、加齢と共により低値に分布する傾向がある。

また若人層にも存在するが、【基準値】の最低値(赤線)を下回る例が加齢と共に増加している。

成人でも超高齢群はより低値に分布する傾向であるので、(株)SRLの【基準値】と比較するには、この群の削除も必要で、成人の20から69歳 8時から11時の午前採血分341名で比較した。

 

一般成人の平均値は78.9±11.6㎍/dlで、SRLの旧基準値の平均値は87.5±11.2㎍/dlと比較すると、平均値で約10㎍/dl低く、全体に低値域に分布していることが判る。なお、後で述べるが、分布はほぼ正規分布を示すが、正規性の検定では近似の正規分布曲線である。

(株)SRLの【基準値】の平均値は、ほぼ同時期の米国での血清亜鉛濃度の疫学調査データのThe second National Hearth and Nutrition Examination Survey(NHANESⅡ)にも、ほぼ合致していて、今日まで、国際的にも、authorizeされていたものである。

 

血清亜鉛濃度疫学調査データと新基準値

さて、問題の(株)SRLの新基準値80~130㎍/dlをこの地域住民の血清亜鉛濃度の実測のデータである分布図に合わせてみる。赤の線と同様に80㎍/dlと130㎍/dlの線を追加すると、どの様なことになるか?これを基準値と強弁することは出来ないと思うが!!如何であろうか?

 

この新基準値と称する数値は、一体何を意味しているのであろうか??科学的な事実を離れ、机上の論文から論文を作り上げた結果、矛盾に気が付かなかったと言えないのであろうか?

 

赤の線で示される旧基準値との違いを考えていただきたい=>(次のスライドで可視化する。)

 

 

新基準値()は赤の網にて囲う領域となるのだが!!網掛けの80~130/dlを基準値と称してよいのか?()SRLの血清亜鉛値の新基準値は何を示すのか?検査値の評価にどの様な意味があるのか?問題である。

 

基準値としての意味をなさぬことは一目瞭然であろう。何故?この様な学説に固執・実用化するのか不思議!!

 

ISO15189の生物学的基準()範囲の基準値定義を理解する第18回日本亜鉛栄養治療研究会のポスター セッションでは、あまりにも基本的なことなので、前図に止めて、この図を掲示することはしなかった。

 

しかし、素人や社会一般では、基本的なことが必ずしも通用してないのが現状で、本図に可視化して提示した。

 

日本臨床栄養学会「亜鉛欠乏症の診療指針2016の論文の執筆者達は、それぞれの専門性による指導的な立場で、自然科学を追求するScientistsとして、この図をどの様に説明されるのであろうか?

 

 

大変困った「亜鉛欠乏症の診療指針2016」のデジタル思考

日本臨床栄養学会ミネラル栄養部会の「亜鉛欠乏症の診療指針2016」の論文が公表された時、血清亜鉛値とその基準値の考え方、特にアナログである生体値につき、その血清亜鉛値や基準値へのデジタル思考には、大変に驚き、違和感を感じていた。

しかし、医療界に蔓延るデジタル思考の一論文であるとの関心を持ったが、当初は、大変に困った論文ではあるが論文として見守ることにし、様子を見ていた。

 

しかし、某社より低亜鉛血症(この様な疾患や病態が本当に存在するのか疑問である)の治療薬の低容量ノベルジンが保険適用薬として登場した2017年頃に、インターネット上に掲載された同論文の基準値に基づく血清亜鉛値の評価や典型的なデジタル思考の「診療指針」と医療現場の「臨床例の事実」との間に当然生ずる乖離に、混乱が発生。

 

さらに、殆んど同じ内容の論文がインターネット上に「亜鉛欠乏症の診療指針2018」と名前を変えて公開され、論文としてだけでなく、Wikipedia等々への記載や(株)SRLをはじめ諸臨床検査所が、同論文の内容を根拠の<文献値>として、【基準値】を変更したことより、上図で示すごとき【誤りの基準値】が拡散し、亜鉛欠乏症の診断・診療の現場で大混乱が生じている。将来は保健医療の現場でも、より大きな問題と混乱を引き起こし、実害がますます拡大すると考え、以後、筆者は警告と批判を繰り返してきた。

 

新基準値には統計学的な内容・機能が欠落

(株)SRLの新基準値の文献として引用された日本臨床栄養学会の<基準値>の考え方には、正規分布や平均(値)、標準偏差などの統計学的なものの考え方が全く欠落している。

そこには、当然、それぞれの血清亜鉛値がどの様に分布・分散しているか示す機能もない。

 

日本微量元素学会の血清亜鉛値乖離問題への対応

約10年余前の頃、日本微量元素学会では、亜鉛欠乏症と血清亜鉛値の乖離のことが大きな問題となっていた。学会では、学術集会の演題やシンポジウムなどで取り上げられ、確かに、「基準値」の見直しのことが議論され、【日本人における血清亜鉛の基準値設定に関する問題点】として、荒川泰昭先生の論文 (BRTE 23(3):217-220,2012)が発表された。まだ、血清亜鉛値とその評価に多くの不明な点がある中で、「生物学的基準範囲」を原則としつつ、臨床上の血清亜鉛値の乖離の問題について、苦渋の提案をしている。

「臨床上の健常値範囲を80~130㎍/dl」との提案であるが、健常値範囲や健常値下限の名詞を使用し、統計学的意味のある【基準値】・【基準範囲】の語と明確に区別している。

【生物学的基準(値)範囲】の重要性を十分認識しての論文である、と筆者は考えている。

 

さらに、『基準範囲を80~130㎍/dlとすることが適切であり、60~80㎍/dl未満を潜在性亜鉛欠乏、60㎍/dl未満を亜鉛欠乏とすることを推奨している』との日本臨床栄養学会の論文からの<文献値>の出典根拠は 確かに『1975年微量金属代謝研究会が発足し、フレーム原子吸光法による血清亜鉛の正常範囲は80~130㎍/dlであるとする合意があったが、、、以後略から、まとめ、、』との富田寛先生の見解 (味覚障害の全貌:診断と治療社)によるものであるが、それは1975年から2010年頃までの一臨床判断値である。

 

ヒトの血清亜鉛値の疫学的な知識がまだ不十分な時の亜鉛欠乏症と血清亜鉛値の乖離の問題として、日本でも、世界でも悩んでいた2010年頃までの時期の、臨床上の苦悩の判断値が、何故か? その後の知見が急速に進んだ2016年、2018年の論文となり、その論文から誤った<文献値>として、批判もある中で社会に拡散することは異様と言うよりない。

 

日本臨床栄養学会の論文は、全体としては緻密で詳細な論文と思うが、

後で詳しく述べるが、日本臨床栄養学会の『亜鉛欠乏症の診療指針(2016・2018)』は、全体としては、現時点における緻密で詳細な亜鉛欠乏症・亜鉛生物学の論文と思う。ただ、残念なことに、診療指針として、基本中の基本である血清亜鉛とその基準値についてのデジタル思考の部分は問題であると筆者は考えている。なぜか?検証させていただこう。

 

新しい知見・知識が急速に進歩・発展する時期に、全く誤りのない論文を書くこと不可能である。筆者の尊敬する隈部英雄先生は、結核研究所の所長室で、『今は教科書をシッカリ読み給え。だが教科書は書いた時から間違っている』『諸君は医学徒として、自分自身の目玉を信じ給え』と述べ、われわれ若き医学生に医学・医療に対する忘れえぬ教えを説かれた。50年余、昔のこと。

教科書は常に書き換えられて、教科書であり得ると思う。論文も同じであると筆者は思う。

 

 

医療の現場では、検査値を疾病の異常状態と正常とを区別・診断する目的で、もっぱら正常値に関心を持った。しかし、群の生体値には健常者の基準値のみでなく、種々の群の基準値があり、比較検討が可能である。

 

健常群の基準値と異常群の基準値

日本の医療界では50年余前、臨床検査値を正常値と表示していることが多かったと記憶している。その元には、現在のISO15189の【基準値】の考え方があったものと考えるが、疾病・異常を見分けるために、正常値(いわゆる健常者群の基準の値)として示されることが多かった。しかし、【生物学的基準(値)範囲】をそれぞれの群の統計学的な分布であると考えれば、【異常者群の基準値】も存在する筈である。

 

統計学的な基準値の機能

同じく、基準値がそれぞれの群の統計学的な数値で示されるとすれば、統計の定義に従った統計数値として、①と③のごとく身長の国別の比較が可能であるし、②の身長について、男子と女子の比較をも、また、④と⑤の身長の時代間の比較からは、身長に及ぼすそれぞれの時代の差、特に食物の差等などを比較・検討することも出来る。

 

『ある一定の定義に近似の集団では、それが正規分布と近似であれば、【基準値】の定義を利用して、相互間の、凡その比較をすることも可能と考えられる。

例えば、血清亜鉛値の(株)SRLの(旧)基準値を、(制定された1977年頃を亜鉛の不足がない、または、不足はごく稀な時代と仮定し)健常者群の【基準値】とすれば、亜鉛欠乏症者群との比較や現代の疫学調査との比較や人種別の比較も可能となる。

 

何れにしても、基準値の制定について、統計学的条件の定義が一定であるため、多少の問題点はあろうとも、種々の意義のある比較・検討が可能ともなる。

 

亜鉛欠乏症の適切な診断・治療・診療に確率的な思考が必要

血清亜鉛値について、【いわゆる健常者(非亜鉛欠乏症者)の群】と【亜鉛欠乏症者の群】に分け、基準値を算定すれば、それぞれの血清亜鉛値がどの様に分布しているか?を知ることが出来て、亜鉛欠乏症の診断と診療の適切な指標となるはずである。

 

例えば、亜鉛欠乏症の疑いの症状を持つ患者がある血清亜鉛値(a)であったとして、もしその患者が非亜鉛欠乏であれば〇%の確率で、もし亜鉛欠乏症とすれば●%の確率であると正規分布の68%・95%ルールを応用し、診断の適切な指標となる。

 

健常者(非亜鉛欠乏者)群のいわゆる基準値

亜鉛に関しての健常者群を非亜鉛欠乏者群として、名目上本来の【基準値】と定義するが、現実にはまだ未知の症状の亜鉛欠乏症や症状未発症の本来の意味の潜在的亜鉛欠乏者をも含まざるを得ない。現在では、KITAMIMAKI Studyで明らかになったごとく、日本では成人の地域住民・市民の約30%程に、亜鉛不足の可能性が示唆されるので、亜鉛欠乏症患者も潜在的亜鉛欠乏者も少数とは言えず、図表のごとく、(健常者の群+少数の潜在的亜鉛欠乏者をも含むもの)と仮定する非亜鉛欠乏者群の(いわゆる基準値)を仮に【基準値】と定めざるを得ないものと考えている。

 

現在、比較して最も潜在的亜鉛欠乏者が少ないであろうと推測され、且つデータが存在するのは、1977年に制定されたこれまでの(株)SRLの 65~110㎍/dl である。この数値が真の【基準値】と2~3㎍/dl程度の差があっても、これを【基準値】とするのが適切であろう考える。これは同時期の調査のNHANES Ⅱにも、凡そ準じている。

 

出来るだけ少数の潜在的欠乏者の時代≒NHANESⅡ(19761980)か?

 

参考

             NNHANES Ⅱによる血清亜鉛値

       (平均値±標準誤差 ㎍/dl 1976~1980)

男性            女性

20~44歳  93.0±0.53  20~44歳  84.9±0.55

45~64歳   98.1±0.63       45~64歳  84.4±0.53

65~74歳   85.6±0.79        65~74歳  83.5±0.53

 

 

亜鉛欠乏症群の基準値の策定

Excelで集積管理中の亜鉛欠乏症疑い例500となった時点での亜鉛欠乏症の診断確定例で、且つデータの揃った257例の初診時の血清亜鉛濃度の分布図である。

 

亜鉛欠乏症群の基準値について

図は、亜鉛欠乏症群の【基準値】を策定する試みとして、Excelで集積整理している亜鉛欠乏症疑い患者数が500名となった時点(MIMAKI Data 2008/02)での、間違いなく亜鉛欠乏症と確診し、データの揃った症例257名の初診時血清亜鉛濃度の分布図である。当然、それまで未治療の症例である。

 

【【基準値内は勿論、その最高値を超える亜鉛欠乏症が存在する

亜鉛欠乏症の存在に気が付いた2002年からの初期の頃には、正直申して、筆者らも理論的には承知していた積りであったが、ウッカリ、<基準値=正常値>の気分があり、【基準値】の最低値65㎍/dl以下と言わぬまでも、【基準値】の高値域では亜鉛欠乏症の症例が存在するとは、ウッカリ、考えない傾向があった。このことは頭に留めておきたい。しかし、症例を積み重ねてすぐに、亜鉛欠乏症の症例は基準値の最低値65㎍/dl周辺以下に多くの症例が存在することは事実であるが、当然のことながら、基準値内の高値は勿論、基準値の最高値110㎍/dlを超える症例も存在する事実が明らかとなった。

 

当時の集計では、基準値の最低値65㎍/dl未満に56%,以上に44%であるが、前述のごとく、もう数例の65㎍/dl以上の症例の存在を否定できず、平均値が少し上昇する可能性のあること、頭に留めておく必要もある。

 

疑い症例のエクセルでの集積:MIMAKI Data】

筆者らは、2002年秋に、第一例の亜鉛欠乏症患者を経験して以来、各症例を全て、亜鉛欠乏症の疑い段階で、往時の大学ノートによる症例の整理法のごとく、Excelにて、整理集積して来た。その総数は現在までに(一部未整理の患者あり)1100名を超えた。

勿論、非亜鉛欠乏症と判明した者、追跡が中断した症例等々で診断未確定の者や、間違いなく亜鉛欠乏と考えられるが、状態等で未治療でデータが揃わない者もいるが、数多くの単回発症・軽快・治癒の患者に、再三再四同一のまたは複数の欠乏症状を発症し、十数年間にもわたり追跡されている多くの患者達等々と、実に多くの多彩な症例が集積・整理されており、総症例数は1000症例前後ともなろうかと考える。

MIMAKI Dataと名付けて、現在も内容や症例の追加・追跡・集積中である。

 

【10000件余の血清亜鉛値測定データを踏まえて

血清亜鉛値測定は、KITAMIMAKI Studyの1431件はじめとし、TOMI Study、NAGANO Studyの長野県下での総計4000名を超える血清亜鉛濃度の三疫学調査に、MIMAKI Dataでは、18年弱にわたる日々の臨床症例で、5~6000件以上は測定したであろうから、約10000件を超える測定・評価を経験をしている。

亜鉛値の短長期の揺らぎ、種々の条件や補充療法等による変動、キレート形成による吸収障害や多剤服用例の異常亜鉛高値等々本データを踏まえたものである。

 

これまで、この経験を踏まえ、血清亜鉛と基準値の問題をも検討し、公表して来た。

 

血清亜鉛(濃度)値についてー判ってること,判らぬこと

①血清亜鉛値がヒトの体内のどの様な状態を表すものか?定かには不明である。

組織(酵素系や情報伝達など)の反応の場では、キッと血清亜鉛濃度程の大きな濃度差がないであろうと推測されるが、血清亜鉛値は【基準値】65~110㎍/dlで、標準偏差11.2の大きなばらつきがある。当然、症状を含めた亜鉛欠乏症について不明のことが多い中で、極ごく少数ではあるが、40㎍/dlレベルの超低亜鉛濃度の健常者も居れば、また、110㎍/dlレベルを超える超高亜鉛濃度の亜鉛欠乏症者も存在する。血清亜鉛(値)濃度と組織濃度との落差が、生体内で、如何に制御されているのか全く不明であり、従って、血清亜鉛値が、どの様な亜鉛の身体内の状態を示すのかも、何故この様にばらつくのかも、現時点では、定かではない。

 

個々に固有の至適な血清亜鉛濃度がある。

②しかし、亜鉛欠乏症者に亜鉛補充療法を続けると、血清亜鉛濃度は上昇しそれぞれ個々の固有の(と考えられる)血清亜鉛濃度に達するが、その後、補充を続けても、特殊な状況を除いて、通常治療量程度の経口補充療法では濃度が限りなく上昇することはなく、固有の濃度に留まる傾向にある。その結果からは、それぞれ多少の揺らぎがあろうとも、個々人に固有の至適な血清亜鉛濃度が存在すると想定される。特殊な場合とは、現在では特殊な薬剤の服用や多剤服用者、及びかなり過剰量の投与例に認められる様に思われるが、まだ充分なデータはない。

 

③そのそれぞれの個に固有の至適な血清亜鉛濃度は、凡そ、65~110㎍/dlの【基準(値)範囲】の、乃至は近似の正規分布をしていると現時点で推定している。

亜鉛不足がなければ、何故、広範にわたる濃度差のそれぞれの固有の血清亜鉛濃度にコントロールされるのか?その機序は、当然吸収と排泄の主要な機能等々によるのであろうが、その詳細はどうなのか?興味の尽きないことである。

 

④血清亜鉛濃度は顕著な日内変動があり、午前から午後に掛けて低下傾向にある。

少数例の個の経時採血の報告もあるが、個々により異なるが、午前8時から午後3時にかけて、平均して約20㎍/dl 程も低下することが集団の調査で確認された。(後述)

 

⑤また、食事の影響を述べる論文もあるが報告論文は少なく不確定である。MIMAKI Studyの集計によると、小学児童の低学年と高学年の間で食事の有無が分かれたが、群の差は認められず。食事による影響は殆んどないものまたは揺らぎの範囲かと考える。

そこで採血について、早朝空腹時を主張する論文もあるが、慢性疾患の亜鉛欠乏症の診療の殆んどは入院外の診療であり、非現実的主張である。むしろ採血時間のばらつきを少なくすること、採血後の処理を出来るだけ短時間にすることが大切であると考える。

 

⑥手術等の急性のストレスにより血清亜鉛濃度が低下するが、数日の単位で復活する。

顕著な日内変動とストレス等の急性期の血清亜鉛濃度の低下では、亜鉛はどこにどの様に移動し、その低下はどの様な生理的な意味があるのか?非生理的なのか?その機序も定かではない。この急性の血清亜鉛値の低下は明かであるが、一般には、急性の亜鉛欠乏は存在しないと筆者は考えている。ただ、日常に潜在的亜鉛欠乏状態にある症例では、当然、ストレスを契機に症状が発症することはしばしば経験される。例えば、歯科の診療中の舌痛症の発症や軽度の感冒のストレスを契機とする味覚障害の発症等である。

 

亜鉛補充療法初期の血清亜鉛値の変動

⑦急性の亜鉛欠乏症の存在は不明であるが、慢性の亜鉛欠乏症は存在する。いや、亜鉛欠乏症は慢性疾患と筆者は現在は考えているが、急性の亜鉛欠乏症は置いて、慢性の亜鉛欠乏症では、亜鉛補充療法を開始し経過を追跡すると、大部分の症例で、亜鉛補充療法開始後の1ケ月前後の時期で血清亜鉛濃度は極端に大きく上昇する。

その後、開始後2ケ月前後の頃に血清亜鉛濃度は初期値の付近に低下して、それから徐々に徐々に上昇し、それぞれの固有の血清亜鉛濃度に至り、凡その平衡に達する。

平衡に達するまでの期間はそれぞれの症例による。さらに、より長期の補充療法を続けても、血清亜鉛濃度は上昇し続けずに、平衡到達時よりも、やや低値に下がって安定することが多い傾向にある様である。

 

但し、現行の診療報酬制度では、研究的医療は禁止されているので、筆者らの臨床研究はあくまで臨床診療の中のデータからなので、亜鉛補充療法の開始の1ケ月後としているが、補充療法開始後どの様に血清亜鉛値が変動するかは、薬剤が市販前に研究されてあるべきこと、この件については改めて、別稿・亜鉛補充療法で検討する。

 

亜鉛補充療法初期の13ケ月で観測されるこの血清亜鉛濃度の変動は殆んどの亜鉛欠乏症例で認められ、確診に繋がる典型的なもので、見逃さないことが大切であり、血清亜鉛濃度の絶対値よりも、遥かに確診に重要な現象である。

 

何故1か月前後で、血清亜鉛値が大きく上昇するのかの機序は不明であるが、多彩な生体内機能を有する亜鉛の長期間にわたる欠乏状態では、生体にとってより不急な生体反応の場への亜鉛の供給を制限しており、亜鉛補充療法開始の初期には十分に供給制限が解除されずに、血清亜鉛値が急上昇して、その後に、多方面への供給が急に開始され始めるので、供給が間に合わず初期値付近に低下し、その後は徐々にしか血清亜鉛値の上昇は得られないのではないか?と考えるが、どうか?そして生体内での不足状態がなくなると、需要と供給のバランスが取れ、血清亜鉛濃度は平衡に達する、と筆者は考えるが、どうであろうか?

 

亜鉛補充療法の効果の発現と血清亜鉛値

⑧亜鉛欠乏症の亜鉛補充療法の効果の発現は症状・疾患により異なり,極ごく早期なものから月から年余の長期を要するものまでもある。効果の発現と軽快・治癒と血清亜鉛値の変動が、必ずしも平行するものでもなく、詳細は不明であるが、亜鉛の生体内での多彩な機能による。

例えば、情報の伝達等々の機能の回復から組織の修復・再構成・維持に至るものまであり、食欲の回復は、極早期の亜鉛の摂食中枢への関与によるものから、時間の経過を必要とする消化管粘膜細胞の再生や消化機能に関する酵素系の活性等々が複合して関与する場合等、種々多彩な修復機序が考えられるが、本稿では省略する。

 

亜鉛欠乏症の発症と潜在的欠乏状態

⑨さらに、褥瘡や舌痛症等の亜鉛補充療法の治癒経過の追跡や再発・再再発等の症例の発症経過の追跡等々も合わせてみると、血清亜鉛濃度には、それぞれに顕著な日内変動や短期間の小さな揺らぎとは別に、徐々に血清亜鉛値の低下が生じて、予備力などの関与する症状のない潜在的欠乏の時期を経過して発症するのが一般的である。本論文の潜在的欠乏(症)状態は日本語本来の意で、「亜鉛欠乏状態が存在するが、症状の発症が潜在している」

との意である。例えば、手術などの大きなストレスは勿論、軽度の感冒や歯科処置等の軽度のストレスでも、亜鉛欠乏症が顕在化することは、実地臨床で、しばしば経験することである。

 

日本臨床栄養学会の潜在性亜鉛欠乏とは?

日本臨床栄養学会論文での潜在性亜鉛欠乏の意は、60~80㎍/dl 未満の血清亜鉛値で「亜鉛欠乏を疑う症状が存在はするが、血清亜鉛値は正常値の値を示すが、亜鉛補充療法で改善・治癒するので、潜在性亜鉛欠乏である」と名付けた様で、血清亜鉛の数値上は正常であるが、実は亜鉛欠乏であるという、基準値=正常値の考え方が、ここでも抜けていない様に筆者には思われるが、日本語としてもどうなのか?その様な意味でよいのであろうか??

 

⑩その他、免疫,生殖等々未知なことと血清亜鉛の関係等々は省略する。

 

<参考文献>

1)亜鉛基礎研究の最前線と亜鉛欠乏症の臨床 BRTE 21(1):1-12,2010

2)血清亜鉛値 80㎍/dlの意味するもの BRTE 22(1):34-37,2011

3)日常診療で診る亜鉛欠乏症 特集(2) 症状から診る多彩な亜鉛欠乏症の診断と治療

~味覚障害、食欲不振、舌痛症および褥瘡はじめ多彩な皮膚症状・疾患を中心に

No.4856 2017.5.20 日本医事新報 37-44

4)血清亜鉛の臨床的意義 「生物試料分析」 第21巻-第2号 2006

5)日本人の亜鉛欠乏と健康 「金属」 Vol.82(2012),No.5 395-402

6)亜鉛欠乏症の診療指針 2016 日本臨床栄養学会誌 2016;38(2):104-48.

7)亜鉛欠乏症の診療指針 2018 編集:一般社団法人 日本臨床栄養学会

 

 

257症例のヒストグラムより、Kolmogorov-Smirnovの正規性の検定、有意確率 .091で、亜鉛欠乏症群の62.1±13.1/dLの正規分布曲線(B)描ける。

 

257例のヒストグラムを見ると、凡そ、正規分布となるのでないかと考えるが、Kolmogorov-Smirnovの正規性の検定の有意確率 .091で正規分布しているといえることとなり、62.1±13.1/dlの正規分布曲線が描ける。

 

次スライドで詳細に示すが、健常者群の「ばらつきの大きさを示す数値」の標準偏差11.2/dlよりも、よりばらつきの大きな欠乏症者群の標準偏差13.1/dlは、健常者群を基に、さらに、亜鉛が欠乏して生じた群のものとして、よりばらつきが多いくなること、充分に頷ける数値である。

 

 

65~110/dlを非亜鉛欠乏症群(健常者)の基準値と仮定すると 87.5±11.2/dlの赤の正規分布曲線(A)が描ける

一方、亜鉛欠乏症群は、前述の 62.1±13.1/dl青の正規分布曲線(B)となり、基準値は36~89/dlとなる。

以上、65~89/dlの間では、それぞれ2σの分布内で、大きく健常者群と欠乏症群が重なっていることが判る。当然、個々では異なるが、(A)曲線から平均で25/dl程度、それぞれの血清亜鉛濃度が低下した状態で、症状が顕在化することが予測される。

 

個々の症例の血清亜鉛値と(A)(B)の二正規分布曲線の成立

(株)SRLの新基準値(?)が文献値として参考とする日本臨床栄養学会の『亜鉛欠乏症の診療指針2016』の論文の血清亜鉛値及びその基準値に対するデジタル思考について、筆者も正直に申して、2002年に、多数で、多彩な亜鉛欠乏症の存在に気が付いた初期の頃は、ほぼ同じデジタル思考にウッカリ陥っていた。しかし、当然のことながら、生体値である血清亜鉛値はアナログ的存在であること、また、血清亜鉛濃度の三疫学調査や1000症例を超えるMIMAKI Data等の10000件を超える血清亜鉛濃度測定のデータの集積と検討の過程より、デジタル思考の間違いに気が付いた。

 

25/dl 血清亜鉛値の低下で欠乏症の顕在化

図より、非亜鉛欠乏(健常者)群と亜鉛欠乏症群では平均値で約25㎍/dl程の差がある。非亜鉛欠乏群で最も多数を占める87㎍/dl レベルのサンプル群は、個々の例では異なるのであろうが、平均して、約25㎍/dl 程度低下する状態で亜鉛欠乏症の症状を呈するとすると、62㎍/dl レベルに最も多数の亜鉛欠乏症のサンプル群が分布することは当然で、低下の濃度にそれぞれバラツキがあるので、標準偏差が多少増大するのも頷けよう。個の至適な固有の血清亜鉛値が、例えば 120㎍/dl 程の高値の個体では、90~95㎍/dl にもなれば立派な欠乏症でありうるし、極ごく稀には、110㎍/dl を超える亜鉛欠乏症も存在し得て、自然の法則に反することではないこと統計学的に明らかである。

 

血清亜鉛値の乖離の問題とデジタル思考

【基準値】をISO15189の定義に従ったものとすれば、測定された血清亜鉛値がそれぞれの条件により、変動し易いものであること、また(A)・(B)の二曲線の細かな数値に多少の修正の可能性があり得ること、つまり、あまり細かな数値に関わらないことを認めたうえで、下記の様な統計学的なルールの存在から、亜鉛欠乏症の診断・治療での血清亜鉛値の乖離問題が自然の法則に反しないものであることが判る。

 

平均 ± 標準偏差 の間にデータの約68.3%が含まれる

平均 ± 2 × 標準偏差 の間にデータの約95.4%が含まれる

平均 ± 3 × 標準偏差 の間にデータの約99.7%が含まれる

(平均 ± 3 × 標準偏差 の外にはデータの0.3%が含まれる

と言うことになる)

 

例えば、

①健常者の【基準値】 65~110㎍/dl 以下にも以上にも健常者が存在すること±2σで当然である。

②120㎍/dl 以上にも、54㎍/dl 以下にも、極まれだが、約0.15%程度は存在することを示している。

③健常者の【基準値】の最低値 65㎍/dl 付近で、確かに亜鉛欠乏症患者の中心値が 約62㎍/dlであり、約75㎍/dl 以下には亜鉛欠乏症の約84%と大部分の亜鉛欠乏症患者が占めるが、一方に、約76㎍/dl以下に健常者の約16%が存在する計算ともなる。

 

何れにしても、あまり細かなことは抜きにして、ISO15189の定義に従った【基準値】では、健常者群はそれぞれ正規分布曲線(A)の下に分布し、亜鉛欠乏症者群は正規分布曲線(B)の下に分布することになるので、65~89/dlで大きく重なることが判るが、さらに、正規分布曲線の、凡そ統計学的な、【68%ルール、95%ルールを大まかにでも利用すれば、亜鉛欠乏症について、症状を示す患者の血清亜鉛値で、それぞれ<欠乏症である確率>と<欠乏症でない確率>がわかり、亜鉛欠乏症の診断に大変に有力な情報源となる。

 

日本臨床栄養学会等のデジタル思考の害

今も医療界に蔓延る、極端には、「群の基準値を個の正常値」 とするウッカリ間違いは論外であるが、日常診療での『血清亜鉛値が基準値内で、正常であるから亜鉛欠乏症でない』とのデジタル思考と共に、極ごく稀には、健常者の基準値の最高値110㎍/dlを超える亜鉛欠乏症も存在する可能性を否定するデジタル思考に、医師は単純に陥らぬ様にあって欲しいものと考える。

その意味でも、総ての医師にはISO15189の定義する【基準値】の意味を踏まえたアナログ思考と何となくの判断値を交えたデジタル思考の違いをこの際再確認して欲しいものと考えて、日本臨床栄養学会の論文のデジタル思考の誤りを批判させていただいた。早急に検討・対応をお願いしたい。

 

文献値として引用された日本臨床栄養学会の論文

本論文で批判の対象として来た、日本臨床栄養学会の論文『亜鉛欠乏症の診療指針 2016』と『同 2018』の基本的な違いは『2016』の258件にも及ぶ多数の引用文献に、1件「慢性肝疾患の亜鉛欠乏をきたしやすい、要因」についての論文を追加修正し、後は、診断指針の要旨の部分の血清アルカリホスファターゼ低値についての 注:の削除と、現時点においては、大変緻密に纏められた論文と評価したい。ただ残念なことに、血清亜鉛と基準値に関しては、その引用文献も、思考内容も、本小論文で批判しているごとく、日本微量元素学会や日本亜鉛栄養治療研究会等で議論し、その知見が急速に進歩し始める前の、世界的にも著名な教科書にも『血清亜鉛値は不明確で、診断や治療における適切な指標とならない』と堂々と記載されていた頃のままであると考える。

 

デジタル思考からの日常の誤診

私共の診療所には味覚障害は勿論、定かな原因のない食欲不振や舌痛症、褥瘡や皮膚掻痒症やその他の典型的な亜鉛欠乏の多彩な皮膚症状や皮膚疾患で苦悩している患者さん達が、ただ、血清亜鉛値が正常値であるから亜鉛欠乏症でないとのデジタル思考による単純な誤診で放置され、遠方より、はるばる受診することもしばしばある。亜鉛欠乏症に限らず、日常診療の検査値を単なる数値としてのデジタル思考により、多くの誤診や間違った医療が行われていること、気をつけたいと思う。

 

 

初診時血清亜鉛値 109/dl の超高値の味覚障害、口腔内違和感の典型的な亜鉛欠乏症症例である。亜鉛欠乏症群の基準値の曲線 62.3±13.1/dl  として、範囲は、平均値σ=115.7/dl となる。計算上は0.13%1000人に1人の、極ごく稀なことであるが、亜鉛欠乏症がなしとしない。固有の至適な血清亜鉛濃度が+の範囲の、ごく稀な症例であった。

 

本症例は多剤服用例や特殊な体内でのキレート形成が疑われる薬剤服用の症例ではないが、多剤服用例では、しばしば経験する。今後十分の検討が必要と考える。

 

血清亜鉛値が比較的高値の欠乏症

ISO15189に従った血清亜鉛値の【基準値】による統計的な考え方で、亜鉛欠乏症の血清亜鉛値を検討すると一般的平均値±2σの範囲では無理であるが、4σの範囲では上記のごとくであった。

 

 

筆者の経験でも、流石に±4σを超える症例は、亜鉛非欠乏症者の群でも亜鉛欠乏症者の群でもそれ程多いものではないが、超高値の血清亜鉛値を示すものに多剤併用症例が多い印象がある。

何故なのか?まだ不明であるが、筆者は体内でかなり強固なキレート形成などで亜鉛が取り込まれ、亜鉛としての生物学的活性に問題が生じたためではないか等と考えているが、如何なものであろう。

生物学的基準(値)範囲の通常の生理的な亜鉛状態ではない、非活性な異常状態にあるのではと考えるのだが、薬学者や生化学者の検討とご教示を期待している。

 

血清亜鉛値とAl-P値の変動

この症例は、亜鉛欠乏症例の亜鉛補充療法による血清亜鉛値とAl-P値の典型的な動きに注目されたい。初診時、一か月後、二ケ月後、その後は三か月~適宜の測定で追跡。

Zn値は  初診時:109=>一ケ月後:129=>二ケ月後:112=>その後:139

Al-P値は      :152                  : 178                 : 191                 180

 

Zn値の変動は、殆んどの症例でこの様な経過をたどる。Al-Pは亜鉛酵素であり、亜鉛補充療法でその酵素活性は上昇する傾向があるが、Zn値の様に一か月後に大きく上昇し、二ケ月後に初期値付近に低下して、その後徐々に増加との変動ではない。また例えば、褥瘡症例では殆んどの症例でこの様なZn値、Al-Pの活性の変動・上昇を示すが、亜鉛欠乏症でもAl-P値では、必ずしもこの様な変動でなく、症状・疾患によって違いがある様で、Al-Pには4種のアイソザイムがあるので、それぞれのアイソザイムと疾患・症状とを合わせたさらなる検討が必要と考える。

 

 

80/dl を仮にカットオフ値とすると健常者群の75%欠乏症群の約1割がカットオフ値以上に存在し、以下に欠乏症群の9割、健常者群の1/4が存在することとなる。

 

血清亜鉛値のカットオフ値 80/dl】

亜鉛欠乏症と血清亜鉛値の乖離の問題が日本微量元素学会で主要な関心事となり、学会内で議論されていた10年余前の頃、血清亜鉛値の【基準値】につき、健常者の群のみならず亜鉛欠乏症者の群の【基準値】の考え方を提唱、それぞれの正規分布曲線により構成された図から『亜鉛欠乏症の診断・診療と血清亜鉛値の関係が自然の法則と反しない』こと、さらには個々の血清亜鉛値から 確率的に亜鉛欠乏症か否かを、凡そ、推定するカットオフ値として、記憶しやすい数値 80㎍/dl を提示したものである。

 

カットオフ値 80/dlすると、亜鉛欠乏症者群の約1割がそれ以上の血清亜鉛値に存在し、健常者群の約1/4がそれ以下の血清亜鉛値に存在すると細かなことは抜きにして、記憶しておくのが良いと思う。その基に、ISO15189の【基準値】のアナログ的思考を忘れぬことで、一般に2σは当然として、統計学的には極少数となるが4σの範囲にもそれぞれ存在することも、自然の法則に反せずにあり得ることを確認しておきたい。

 

新基準値の80130/dl の出典根拠

2010年の前後のころ、日本微量元素学会の血清亜鉛値の乖離の問題の議論の中で、当時(『基準値=正常値』との‟ウッカリ思考“が蔓延)の血清亜鉛濃度の評価において、その血清亜鉛値の絶対値で如何に亜鉛欠乏症の診断を付けるかで、苦心惨憺の検討が行われていた。その中で臨床診断の立場から、前述のごとく、富田寛先生らにより提唱されたのが、現在問題となっている 80㎍/dlであるが、これは日本臨床栄養学会の論文でも、「富田ら、駒井らは血清亜鉛値が60~79㎍/dlの範囲においても亜鉛欠乏症状を呈し、亜鉛投与で症状の改善が見られる患者も多いことより、基準範囲を80~130㎍/dlとすることが適切であり、60~80㎍/dl未満を潜在性亜鉛欠乏症、60㎍/dl未満を亜鉛欠乏症とすることを推奨している。」と記載されている。正に2010年代の混乱の時期の議論のままであることが判る。

 

デジタル思考が生んだ血清亜鉛値の乖離問題

血清亜鉛値のことも、多彩な亜鉛欠乏症の存在も、ぼんやり知られ始めた頃で、確かに、亜鉛欠乏症と血清亜鉛値の乖離が問題となり、しかも生物学的基準範囲の【基準値】は正常値とのウッカリ思考が医療界に蔓延していた時に、味覚障害を亜鉛欠乏症として研究されつつ、【基準値】以下の血清亜鉛低値の味覚障害は亜鉛欠乏症、正常であるべき基準値内にも多くの味覚障害患者がいて、亜鉛補充で軽快・治癒するので、血清亜鉛値は正常の潜在性亜鉛欠乏(症)、そして当時の常識では考えにくい【基準値】の高値域の80㎍/dl以上の初診時高血清亜鉛値症例を突発性味覚障害と分類された。

 

しかし、「突発性味覚障害は、亜鉛欠乏性味覚障害と、初診時の血清亜鉛値測定の値によって便宜的に分類されたのであって、亜鉛内服療法の有効率には両群間でまったく差がないことがわかった。」と冨田寛先生は『味覚障害の全貌』に書かれている。文献だけでなく、臨床医としての観察と実証行動と思考過程の素晴らしさ、自然科学者として真理に向かう先生の姿勢に頭の下がる思いである。

 

<参考文献>

1)味覚障害の全貌:診断と治療社 2011

2)血清亜鉛値 80㎍/dlの意味するもの BRTE 22(1):34-37,2011

3) 亜鉛欠乏症の診療指針 2016 編集:一般社団法人 日本臨床栄養学会

 

保健医療における血清亜鉛値について

これまではもっぱら、亜鉛欠乏症の診断・治療について、(株)SRLの新基準値の間違いとその文献値として参考にされた日本臨症栄養学会の『亜鉛欠乏症の診療指針2016』の論文での血清亜鉛値とその基準値へのデジタル思考につき、臨床医療における問題点を指摘してきた。また、同論文には、亜鉛欠乏症の臨床診断には「亜鉛欠乏の臨床症状と血清亜鉛値によって診断される」と一応は書かれているが、その血清亜鉛値及び基準値のデジタル的な考え方では、国民の亜鉛不足の深刻な状況の保健医療へも対応できない。

 

上記の「血清亜鉛値 80㎍/dlの意味するもの」の論文で、「亜鉛欠乏症の特徴から、症状や徴候を自覚せず、または、老化などで仕方ないものとする意識しない亜鉛欠乏患者の発見や潜在的亜鉛不足者の発見など、症状や徴候の存在を考慮しない集団検診や健康診断等のスクリーニングにおいて、このカットオフ値を用いた血清亜鉛値の評価は、これまでの常識を覆して、大変意味のある数値であると考える。ただ、老婆心ながら、集団検診や健康診断等のスクリーニングにおいては、偽陽性率25%はかなりの高率と考え、くれぐれも、過剰チェックで、不要な亜鉛不足や亜鉛欠乏症の不安を巻き起こさぬように、カットオフ値80㎍/dlの意味を正確に理解して欲しいものと考える。」と、もう2011年に書いている。

 

日本国民の約30%に亜鉛不足の可能性も

KITAMIMAKI Studyによると国民の30%程の亜鉛不足の傾向も予測され、保健衛生の面からも、また、個々人の至適血清亜鉛のことから臨床医療の立場からも、日常平常時の血清亜鉛値の測定が必要となると考える。その時、ISO15189の【基準値】のアナログ思考を理解できないデジタル思考のもとで、血清亜鉛値と基準値の評価がされたら、空恐ろしい混乱が発生するであろうことは、口説く、述べるまでもないと思う。

 

 

亜鉛欠乏症のことはまだ、まだ判らないことだらけである。しかし、この亜鉛欠乏症のホームページをご訪問いただいただけでも、亜鉛は生命に必須な元素であると、お判りになったことと思う。日本において、1961年に、Prasadがヒトの亜鉛欠乏症の存在を示唆する論文を発表して以来、文献的に多くの多彩な亜鉛欠乏症の症状が報告されてきたが、臨床的には亜鉛欠乏症は味覚障害と知られる程度で、最近、やっと多数で多彩な亜鉛欠乏症の存在が社会に認知されつつあると思われる。大変に、有り難いことであるが。まだ、最も知って欲しい医師の二割にも、正しく理解されてはいない現状であるとも考えられる。その様な時に、少なくとも誤りの情報を社会に流さぬ様に気を付ける必要があると考える。

 

誤った情報を無批判に社会に流さないために!!

インターネット時代、情報を手軽に流し、受け取ることが出来ること、大変便利な時代となった。お陰様にて、筆者も、亜鉛欠乏症についてのホームページで、以前に比較するならば短期間に、その知見を広めることが出来つつあるが、便利な時代だからこそ、出来る限り誤りの情報を流布しない様にと努めて来た積りである。確かなこと、確からしいこと、推定のこと、仮説のこと等々と出来るだけその表現を明確にし、単に文献だけでなく自己のデータで確認したものを、主として、公表して来た。特に、新知見が、学説だけでなく、実社会に直接に影響のあるものについては、その批判を容易に受け易くするため、公開の tea cup に、『亜鉛欠乏症について』の掲示板を設けて、一般人から患者さん達、医師やそれぞれの専門家、研究者、学者等などまで自由に投稿していただき、討論・批判・検証の場を提供して、現在までも維持して来ました。『亜鉛欠乏症について』 https://8114.teacup.com/ryu_kurasawa/bbsを、さらに有効に利用していただければと思っています。

 

『亜鉛欠乏症のホームページ』については、第二ホームページの開設後も、第一ホームページを最近まで残して来たのも、初期の知見・主張や説等から、もし誤りがあれば検証可能にと、変更せずに公開し、アクセス可能にして来ました( geocities の終了でやむを得ず閉鎖)。

 

【()SRLWikipedia日本臨床栄養学会にお願い!!

本来は、この血清亜鉛の基準値の問題は、日本の学会のみならず世界の学会にも、臨床医療・保健医療の現場、一般社会にも大きな影響がある問題で、日本臨床栄養学会は当然のこと、多くの関連の学会や諸機関において、議論・検証されるべきことであると考える。特に、現在問題となっている誤った情報源の日本臨床栄養学会をはじめ、(株)SRLやWikipediaのそれぞれの関係の方々には、是非是非、早急にご検討いただきたいと思う。

 

日本臨床栄養学会のミネラル栄養部会の論文執筆の委員の方々には、2010年以後の血清亜鉛や【基準値】に関連した論文も充分に参考文献として追加し、出来るだけ早期に検討・改定し、『亜鉛欠乏症の診療指針 2020』を公表していただければと思う。

 

低亜鉛血症とはどの様な疾患ですか?

序でに、『亜鉛欠乏症の診療指針 2016』も『亜鉛欠乏症の診療指針 2018』においても、「低亜鉛血症」の疾患名が記載されているが、確かに、個として、健常時に比較し亜鉛欠乏症時には低血清亜鉛濃度のこと事実であるが、「低亜鉛血症」とはどの様な疾患か?どの様な病態なのか?亜鉛欠乏症との関係についても、示していただきたいいと思う。

 

もし本論文に誤りがあるならば、厳しくご指摘を!!

本論文に問題があるならば、『亜鉛欠乏症について』の掲示板では勿論、学会やシンポジウム等々、適切な場において、公にご批判を頂きたいと考えている。学会やシンポジウム等に呼んでいただき、公開の場で大いに議論し、検証することが可能ならば、この問題の正または否の他に亜鉛欠乏症の臨床や保健の問題に、その原因となっている諸問題に、さらには亜鉛生物学の正しい発展にどれほど意味のあることか、と考えています。

倉澤 隆平

 

以後、参考までに、残りのスライドを提示しておきます。

 

 

 

 

本論文以外の参考スライドを提示しておく。

 

 

群の基準値は個の正常値ではない

血清亜鉛濃度は個々人に固有の至適濃度があり、生物学的にはISO15189で定義される基準値示される正規分布をしている。

 

群の基準値は個の正常値ではない

2002年に、褥瘡が典型的な亜鉛欠乏症であると気が付きはじめた頃に、褥瘡の血清亜鉛値がいわゆる基準値内の高値で、当時の常識からすれば亜鉛欠乏症とは考えられない症例が亜鉛補充療法で治癒することを経験し、当時の常識の方が間違いであることに気が付いた。

さらに、当然のことであるが、群の基準値は個の正常値ではなく、特に、血清亜鉛値については、個々に至適な固有の血清亜鉛濃度があるらしいことに気が付いた。生体値の身長も体重も同じで、身長は殆ど変動しないが、体重は固有の値からしばしば上下に変動するが、「群の基準値を外れなければ正常である」と考える者はいない。ある個人の凡その固有の体重(90kg)から‟故なく“何キロ(20kg)も体重減少あれば、何か異常か?と考えることが普通である。65kg以下でなければ痩せたと言わない等と言う‟ウッカリ“思考で日常の検査値の評価が行われているのではないか?

 

血清亜鉛値も体重とやや同じで、個々人に凡その固有の至適な血清亜鉛濃度がある。ただ、血清亜鉛には、特有の顕著な日内変動や揺らぎがあるが、その固有の値はそれぞれに基準の範囲で正規分布している。

 

 

 

【血清亜鉛の日内変動について】

KITAMIMAKI Studyである。

2003年、人口5500名の長野県北御牧村での血清亜鉛濃度の疫学調査 1431名 の分布図。青丸(午前採血)と白丸(午後)に分布の差がある。

 

【記】

2002年、地域住民に多数の多彩な亜鉛欠乏症患者の存在に気が付く。

翌2003年、村のヘルス検診事業に便乗して、村民 1431名 の血清亜鉛濃度の調査をした。

日々の調査報告書のデータをボーっと見ていて、報告書のページごとのデータに大きな差が存在することに気付く、男女の差でも、地域の差でもなく、採血後の資料の処理の差でもない。結局、採血時間の差であることに気が付き、上図を作成。午前採血群の青丸と午後採血群の白丸に明らかな分布の差があることが一目で判る。

 

 

 

血清亜鉛値に顕著な日内変動が存在することが集団で証明された。

 

【記】

KITAMIMAKI Studyは各階層の地域住民を出来るだけ網羅するように、全村に呼びかけヘルス検診受診者を中心に、小中学児童生徒から村役場の職員、施設の入所者、診療所受診者、その他賛同者を募っての調査であったので、集団として種々のばらつきの出来るだけ少ないヘルス検診者の採血時間別の集計をした。

午前8時から午後3時にかけて低下傾向にあり、その差は20㎍/dlにもなる。

 

 

 

【検診受診成人の血清亜鉛濃度】

赤の曲線(a)は【基準値】みなし健常者の正規分布曲線

青の曲線(b)は亜鉛欠乏症患者の群の正規分布曲線

緑の曲線(c)は北御牧成人村民のみなし正規分布曲線

 

【記】

それぞれの群の血清亜鉛濃度を(ISO)15189定義に従う【基準値】の正規分布曲線、またはみなしの正規分布曲線を描くと、凡その比較を検討することが可能である。

(a)は1977年頃のおおよその健康成人の血清亜鉛濃度の【基準値】で、

いわゆる健常者(非亜鉛欠乏者+極少数の潜在的亜鉛欠乏者)

87.5±11.2㎍/dl  65~110㎍/dl

(b)は亜鉛欠乏症患者 257名 の初診時血清亜鉛濃度より策定した

亜鉛欠乏症群の【基準値】

62.3±13.1㎍/dl  36~ 89㎍/dl

(c)はKITAMIMAKI Studyにおける午前採血、20~69歳の成人341名 (健常者+若干の潜在的亜鉛不足者+亜鉛欠乏症者)のみなし正規分布曲線 78.9±11.6㎍/dl が描ける。各地の同様の疫学調査の分布曲線より、亜鉛不足の程度の予測が出来る。

 

 

 

【記】

亜鉛補充療法時の血清亜鉛値とAl-P値の変化をシェーマ化したものである。

 

下図:症例が亜鉛欠乏症であれば、亜鉛補充療法を開始するとその殆んどの症例で補充療法開始約1か月前後で、初診時の血清亜鉛値から極端に高値となり、その後補充療法開始約2か月前後で、やや初診時付近に戻り、その後、徐々に増加して、それぞれ固有の血清亜鉛値付近で平衡に達する傾向がある。

この血清亜鉛値の変動は亜鉛欠乏症例に典型的な動きで、この変動を捕まえれば、その症例は亜鉛欠乏状態にある確率が非常に高いとわかる。かなりの確信を持って、亜鉛補充療法を継続することが可能である。

 

上図:Al-P値はその活性が、血清亜鉛値のごとく1か月前後の変化はなく、多くの例で、徐々に上昇して、平衡に達する傾向があるが、症状・疾患にもより変動しないものもあり、さらなる追跡を要する。